
清水歴史散策
◆第十四話 井上馨別荘『長者荘』の跡地を訪ねて
井上馨をご存知ですか?聞いてみたところ、ほとんどの方が井上馨を知りませんでした。しかし、昔の国語の教科書には井上馨が登場したそうです。井上馨は、長州の人で、高杉晋作、伊藤博文、桂小五郎などと一緒に幕末から明治にかけて活躍した人です。今日は、その井上馨の別荘『長者荘』の跡地を訪ねてみました。
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『長者莊』の跡地を訪ねて
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当時の別荘の敷地
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『長者荘』の話
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井上馨の人物像
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当時をしのぶ物
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『長者荘』を後にして
◆第十五話 観富山『龍華寺』
今回は、ドイツ文学者の高山樗牛が眠る観富山『龍華寺』であります。昔は、富士山が綺麗に観え、駿河湾が一望でき、多くの観光客が訪れたそうです。『龍華寺』は天然記念物の大蘇鉄や大サボテンが有名ですが、見どころはそれだけではありません。観富園を観て、最近話題のパワースポットに訪れ、鳥の声を聴きながら『寺カフェ』で一服するのも格別ものです。
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龍華寺を訪ねて
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茅葺の本堂を見学して
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祖師堂(そしどう)と寺カフェ
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観富園内のサボテンと蘇鉄
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故 髙山樗牛
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本堂の茅葺作業
◆第十六話 三保の灯台 100年の歴史
清水には、灯台がいくつあるか知っていますか?清水には、沿岸灯台と呼ばれているのが2つ、防波堤灯台と呼ばれているのが全部で5つあります。その内、防波堤灯台は船舶関係者以外には親しみがありません。清水で灯台と言えば、『清水灯台』、通称『三保の灯台』です。なお、三保には『(清水)真崎灯台』と呼ばれる沿岸灯台もあります。この『真崎灯台』は子供の頃、三保海水浴でよく見かけました。
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三保の灯台を訪ねて
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灯台守がいた頃の話
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三保灯台内部に案内されて
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現代の三保灯台
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三保の灯台を後にして
◆第十七話 『赤い靴はいてた女の子』の話
日本平に赤い靴をはいてた女の子の『母子像』があるのをご存知ですか?『赤い靴』の銅像といえば、横浜の山下公園が有名です。山下公園の銅像は昭和54年に建てらました。次に建てられたのが日本平の『母子像』なのです。そして、昭和61年にこの『母子像』が建てられた後、次々と全国に『赤い靴の銅像』が建てられたのです。平成元年東京麻生に『きみちゃん像』、平成3年北海道留寿都村に『母思像』、平成19年小樽に『赤い靴 親子像』、平成21年函館に『赤い靴の少女像』、平成22年サンディエゴに『赤い靴の女の子の像』、平成22年青森県鰺ヶ沢町に『親子三人像』が建てられました。次から次へと、建てられた『赤い靴の銅像』に興味のある方は是非ご覧ください。
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『赤い靴はいてた女の子』について
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日本平を訪ねて
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菊地寛(きくちひろし)さんについて
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母子像の話
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各地にある赤い靴をはいていた女の子の像
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終わりに
◆第十八話 法岸寺・朝顔まつりの歴史
夏の暑い時、入江商店街を歩いていたら、たくさんの鉢植えの朝顔に出会いました。そして、「朝顔まつり」のポスターを見かけました。もしかしたら、入江商店街の活性化のために「朝顔まつり」をしているのかな?と思ったら、そうではありませんでした。この「朝顔まつり」、実は350年の歴史があるそうです。『朝顔まつり』に、興味のある方は、是非、本文をお読みください。
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法岸寺住職・鵜飼義昭さんを訪ねて
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法岸寺・朝顔まつり
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浄瑠璃『生写朝顔話』
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『朝顔日記』の主人公について
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秋月家の歴史
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秋月家のお家騒動
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法岸寺を後にして
◆第十九話 梶原景時の眠る高源寺
祇園精舎の 鐘の声~~ 諸行無常の 響きあり~~ 梶原景時を知っていますか? では、源頼朝は?義経は?弁慶は?義経に弁慶がいたように、源頼朝(写真)には梶原景時がいました。梶原景時は、源頼朝の目となり耳となって、源頼朝を補佐したのです。しかし、義経と梶原景時は、常に反駁(はんばく)しあっておりました。その結果、梶原景時によって、義経は鎌倉を追われ、最後は奥州平泉にて亡くなります。一方、源頼朝の懐刀、梶原景時も源頼朝が亡くなると、鎌倉を追われ・・・・・・・・・ 沙羅双樹の 花の色~~ 盛者必衰の 理をあらわす~~
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鎌倉街道にある高源寺を訪ねて
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義経と梶原平三景時の話
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義経と梶原平三景時の話(続き)
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梶原景時一族の供養塔
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お寺の本堂は旧久能寺の建物
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江戸時代の櫓時計(やぐらどけい)
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高源寺を後にして
◆第二十話 三池平古墳を訪ねて
庵原中学校の東側の丘陵に、三池平古墳があります。この場所は、景色が良く、散歩やわざわざハイキングに来る人もいますが、ほとんどの人は存在すら知りません。三池平古墳の駐車場は、ナショナルトレーニングセンター共用で、ナショナルトレーニングセンターを目指してくれば簡単に来られます。なお、出土遺物は静岡市埋蔵文化財センター(入館料無料)で保管しており、一部展示しております。
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古墳時代の話
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三池平古墳を訪ねて
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前方後円墳について
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竪穴式石室について
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静岡市埋蔵文化財センターを訪ねて
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三池平古墳の副葬品
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三池平古墳を後にして
◆第二十一話 補陀落山鉄舟禅寺を訪ねて静岡県には国宝が全部で12しかありません。その1が鉄舟寺の『久能経』であります。しかもこの国宝よりも、もっと貴重な牛若丸の『薄墨の笛』があります。この笛、昭和に入って発見されたため、静岡市指定文化財としか扱われておりませんが、間違いなく国宝以上の価値があります。それ以外にも見所がいっぱいで、『鉄舟寺』は、清水の国宝と呼べる存在であります。
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鉄舟寺を訪ねて
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駿河の比叡山『久能寺』について
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幕末の三舟の一人、山岡鉄舟と鉄舟寺
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国宝・重要文化財 他
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義経の笛(『薄墨の笛』)
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中村一氏(かずうじ)と『薄墨の笛』
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『薄墨の笛』と浄瑠璃姫の話
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山岡鉄舟ゆかりの品
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鉄舟寺を後にして
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静岡県の国宝(絵画と書)
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静岡県の国宝(刀剣)
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静岡県の国宝(工芸品と建物)
◆第二十二話 小芝神社と江尻城
時は永禄11年(1568年)12月、武田信玄は甲府を出発し富士宮を通り『薩た峠』を突破して、駿府を占領。駿府城が灰じんとなり築城された『江尻城』が駿河の中心となりました。『江尻城』は『小芝城』とも呼ばれ、小芝神社も江尻城の一部『三の丸』となりました。今回は、アシスタントが新人『種石有莉(たねいしゆり)』さんです。
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小芝神社を訪ねて
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武田信玄の第一次駿府占領と江尻城
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武田信玄の第二次駿府占領と江尻城
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江尻城の痕跡
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現在の小芝神社について
◆第二十三話 波止場ロマン「船宿『末廣』」
清水次郎長が晩年、明治19年に清水波止場で営んだ船宿『末廣』。この『末廣』に最も長く住み、人生の喜怒哀楽を供にしたのが、次郎長の養女『山本けん』、通称、波止場のおけんちゃんであります。このおけんちゃんを主人公にして書かれたのが、諸田玲子先生の『波止場浪漫』であります。今回は、前半で『波止場浪漫』を取り上げ、後半で「船宿『末廣』」を実際に訪れて説明したいと存じます。
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波止場浪漫その1(明治)
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波止場浪漫その2(明治)
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波止場浪漫その3(大正)
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波止場浪漫その4(大正)
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船宿『末廣』を訪ねるまでの道筋
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船宿『末廣』を訪ねて
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船宿『末廣』の内部を見学して
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船宿『末廣』の一階にある写真
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次郎長の偉業
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追記~次郎長の家系図
◆第二十四話 家康の隠れた「海長寺」の椿
日蓮宗本山「海長寺」を訪ねたことはありますか?「海長寺」は、日蓮宗の本山として有名で、周辺の日蓮宗の寺院を管理しております。一般寺院と違い、多くの修行僧が山務員として働いておりました。この「海長寺」は、家康が命がけで隠れた椿のあるところであります。椿の咲く時期は短いですが、今でも家康の隠れた椿の4代目が季節になると、真っ赤な花を咲かせております。
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海長寺を訪ねて
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海長寺の葵の御紋
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震災の記録『日海記』
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家康の隠れた椿
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丹波守のその後
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聖宝殿を訪ねて
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天神堂を訪ねて
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海長寺を後にして
[清水歴史散策II]
◆第十三話 清水駅前闇市通り物語
清水駅前銀座商店街は、戦後『闇市通り』として復興しました。本日は、『闇市通り』のことを覚えている終戦直後の生き証人である金子武さんに登場してもらいました。『Pettit Drops』の向かい側の建物が『闇市』と言われたマーケットの跡であります。なお、『Pettit Drops』のある場所が私の実家で生家でもあります。
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延命地蔵尊の話
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最近の駅前銀座商店街
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付録:スイチさんから貰った資料
